Month2009年03月
常識を脱出するためにはどうしたらいいか?
今日はヒントを1つ教えたいと思います。
それは「物事を抽象化して考えること」。
言葉になっている物事は、もうすでに誰かの概念が入っています。
例えば、イスを「イス」と言った瞬間にイスという固定概念が発生します。
そこでイスを「イス」だと考えないようにするんです。
座るための道具ではなくて、「これは何をするものなんだろう」と考えてみます。
見たままで考えなくてもいいと思います。
さわってみてもいいし、蹴ってみてもいい。
あるいは、舐めてみてもいいかもしれません(笑)
ものごとをそうやって抽象化していけば、まったく違うものが見えることもあります。
そうやって発想できる人は、他人が考えられないことを思いつくものです。
常識というものは誰かの都合のために作られたものだとしたら、
その中で考えてもそれなりの発想しか浮かびません。
しかし、その概念の外に出たとたん、無限大の発想ができるんですよ。
今日はヒントを1つ教えたいと思います。
それは「物事を抽象化して考えること」。
言葉になっている物事は、もうすでに誰かの概念が入っています。
例えば、イスを「イス」と言った瞬間にイスという固定概念が発生します。
そこでイスを「イス」だと考えないようにするんです。
座るための道具ではなくて、「これは何をするものなんだろう」と考えてみます。
見たままで考えなくてもいいと思います。
さわってみてもいいし、蹴ってみてもいい。
あるいは、舐めてみてもいいかもしれません(笑)
ものごとをそうやって抽象化していけば、まったく違うものが見えることもあります。
そうやって発想できる人は、他人が考えられないことを思いつくものです。
常識というものは誰かの都合のために作られたものだとしたら、
その中で考えてもそれなりの発想しか浮かびません。
しかし、その概念の外に出たとたん、無限大の発想ができるんですよ。
洗脳を解きたくて、精神についていろんなことを勉強しました。
例えば、心理学と言語学をもとに体系化した人間のコミュニケーションに関する神経言語プログラミングの「NLP」とか。
このNLPって、もともとは1970年代にベトナム戦争で心に痛手を受けた人の治療を研究するものでしたが、
最近では治療でなく、教育、スポーツ、そしてビジネスの世界でも活用されているものです。
でも洗脳から抜け出すのには相当な時間がかかりました。
「なんか違うな」という思いから入ったんですが、心の中では葛藤が続きました。
例えて言うなら「フタをされている」ような感じです。
自由に生きたいという方向と正反対の方向で、そこにとっても違和感がありました。
そして、いろいろと勉強していくことで目覚めはじめてきたんですが、
それでも「自分はそうではない」と思い続ける自分がいました。
で、ちょうどその頃、ネット上に匿名で自分の思いを書きはじめました。
ブログの走りのころですね。
そうすることで、自分と同じような境遇の人たちからフィードバックをもらえたんです。
そうすることで、初めて自分のことを客観的に見られるようになりました。
洗脳を完全に脱して自分らしく生きられるようになるまでに5年くらいかかりましたが、
この経験はいろんなことに置き換えられるということもわかりました。
それは、この前書いた「常識」「非常識」のことにも、ね。
ランキング何位?
例えば、心理学と言語学をもとに体系化した人間のコミュニケーションに関する神経言語プログラミングの「NLP」とか。
このNLPって、もともとは1970年代にベトナム戦争で心に痛手を受けた人の治療を研究するものでしたが、
最近では治療でなく、教育、スポーツ、そしてビジネスの世界でも活用されているものです。
でも洗脳から抜け出すのには相当な時間がかかりました。
「なんか違うな」という思いから入ったんですが、心の中では葛藤が続きました。
例えて言うなら「フタをされている」ような感じです。
自由に生きたいという方向と正反対の方向で、そこにとっても違和感がありました。
そして、いろいろと勉強していくことで目覚めはじめてきたんですが、
それでも「自分はそうではない」と思い続ける自分がいました。
で、ちょうどその頃、ネット上に匿名で自分の思いを書きはじめました。
ブログの走りのころですね。
そうすることで、自分と同じような境遇の人たちからフィードバックをもらえたんです。
そうすることで、初めて自分のことを客観的に見られるようになりました。
洗脳を完全に脱して自分らしく生きられるようになるまでに5年くらいかかりましたが、
この経験はいろんなことに置き換えられるということもわかりました。
それは、この前書いた「常識」「非常識」のことにも、ね。
ランキング何位?
「日常生活を送っている人は皆、なんらかの洗脳を受けている」
ということはこの前書きました。
ただ、その常識のすべてが悪いというわけではなく、何かしら役に立っていることもあります。
自分にとって役に立つこと、ムダなことを取捨選択すればいいんです。
でも、常識に洗脳されてることはそう簡単に取捨選択できません。
そこでボクの体験談をお話ししたいと思います。
学生時代、とある自己啓発セミナーに没頭していたことがあります。
自己啓発セミナーにはまりこんでいくのは洗脳がなせるワザなんですが、
そのときはまったく、それが洗脳だとは思ってませんでした。
そのころの常識はボク自身の常識だったんです。
でも、ふと、その常識はなにか違うなと思いはじめて・・・。
しかし洗脳からは抜けられない・・・。
なぜかというとその常識を否定することは、自分を否定してしまうことだからです。
ポチっと応援を!
ということはこの前書きました。
ただ、その常識のすべてが悪いというわけではなく、何かしら役に立っていることもあります。
自分にとって役に立つこと、ムダなことを取捨選択すればいいんです。
でも、常識に洗脳されてることはそう簡単に取捨選択できません。
そこでボクの体験談をお話ししたいと思います。
学生時代、とある自己啓発セミナーに没頭していたことがあります。
自己啓発セミナーにはまりこんでいくのは洗脳がなせるワザなんですが、
そのときはまったく、それが洗脳だとは思ってませんでした。
そのころの常識はボク自身の常識だったんです。
でも、ふと、その常識はなにか違うなと思いはじめて・・・。
しかし洗脳からは抜けられない・・・。
なぜかというとその常識を否定することは、自分を否定してしまうことだからです。
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子供のころはっていうと、誰でも常識にとらわれない「非常識な人」。
それが教育によって常識に洗脳されていきます。
じゃあ、大人になっても「非常識な人」は?、っていうと。
起業家に多いんですね。
彼らは個性的とか変わっているとか言われることもありますが、
変わっていることは悪いことではありません。
そして、そういう人たちの方が「自由」を獲得することができます。
それは、時間に自由な場合もあるし、お金に自由な場合もある。
そして発想法も自由になっていくのです。
ボクは起業家が集まるコミュニティに出入りしてますが、
彼らをよく見てるとやっぱりなにか一味違うんですね。
それは、自分がしたいことを最大限に想像できているということ。
「こんなものがあったらいいな」「こんなことができたらいいな」
ということを絶えずイメージしていくと、それが本当に実現していくんです。
そこには、「これはこうだから、こんなことをしてもダメだ」というネガティブな発想法はありません。
理論的なようでいて直感的です。
理論だけで考えていく「優等生」では直感的なところまで行き着きません。
そのことに気がついたとき、その瞬間になにかが解放されるような気がします。
ボクはっていうと、おかげさまで解放されました(笑)。
ポチっと応援を!
それが教育によって常識に洗脳されていきます。
じゃあ、大人になっても「非常識な人」は?、っていうと。
起業家に多いんですね。
彼らは個性的とか変わっているとか言われることもありますが、
変わっていることは悪いことではありません。
そして、そういう人たちの方が「自由」を獲得することができます。
それは、時間に自由な場合もあるし、お金に自由な場合もある。
そして発想法も自由になっていくのです。
ボクは起業家が集まるコミュニティに出入りしてますが、
彼らをよく見てるとやっぱりなにか一味違うんですね。
それは、自分がしたいことを最大限に想像できているということ。
「こんなものがあったらいいな」「こんなことができたらいいな」
ということを絶えずイメージしていくと、それが本当に実現していくんです。
そこには、「これはこうだから、こんなことをしてもダメだ」というネガティブな発想法はありません。
理論的なようでいて直感的です。
理論だけで考えていく「優等生」では直感的なところまで行き着きません。
そのことに気がついたとき、その瞬間になにかが解放されるような気がします。
ボクはっていうと、おかげさまで解放されました(笑)。
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現代に生きている人の多くは「常識」という価値基準を頭に植えつけられています。
例えば、仕事は9時に始まり17時に終わるという考え方がそう。
例えば、女性は家庭に入るべきだという考え方もそう。
例えば、お金は稼いだ方がいいという考え方もそう。
そういった「常識」をいくつも積み重ねて、いろんな価値基準を植え付けられていく。
これは「社会の経済システムに乗っかって下さい」という「洗脳」だと、ボクは思っています。
このような「洗脳」を受けて、自分らしく生きていけなくなるんですね。
でも、こんな世の中にあって自分らしく幸せに生きている人もいます。
それはどんな人かというと「非常識な人」。
「非常識な人」って言うと「嫌われ者なんじゃない?」って思うかもしれませんが、
そういう意味でなくて、常識を常識と認識していない人のことです。
その対極にいるのは?、っていうと「優等生」。
常識にとらわれすぎている人のことを、世間では「優等生」って呼ばれます。
「優等生」って世間では良いことのように言われますが、
常識を積み重ねた上で考えているので、自分で発想ができないんですよね。じつは。
そういう人ほど自分の決断が信用できなくなり、
自分の考えたことに自信がもてなくなるから自由になれません。
どういうことかっていうと、自分のことや自分の考えを肯定して生きにくくなる。
それがマックスな人が「優等生」や「エリート」と呼ばれ、
社会にとっても企業にとっても、都合がいい人間が出来上がるんです。
工場と同じですよね。
ランキングは今何位?
例えば、仕事は9時に始まり17時に終わるという考え方がそう。
例えば、女性は家庭に入るべきだという考え方もそう。
例えば、お金は稼いだ方がいいという考え方もそう。
そういった「常識」をいくつも積み重ねて、いろんな価値基準を植え付けられていく。
これは「社会の経済システムに乗っかって下さい」という「洗脳」だと、ボクは思っています。
このような「洗脳」を受けて、自分らしく生きていけなくなるんですね。
でも、こんな世の中にあって自分らしく幸せに生きている人もいます。
それはどんな人かというと「非常識な人」。
「非常識な人」って言うと「嫌われ者なんじゃない?」って思うかもしれませんが、
そういう意味でなくて、常識を常識と認識していない人のことです。
その対極にいるのは?、っていうと「優等生」。
常識にとらわれすぎている人のことを、世間では「優等生」って呼ばれます。
「優等生」って世間では良いことのように言われますが、
常識を積み重ねた上で考えているので、自分で発想ができないんですよね。じつは。
そういう人ほど自分の決断が信用できなくなり、
自分の考えたことに自信がもてなくなるから自由になれません。
どういうことかっていうと、自分のことや自分の考えを肯定して生きにくくなる。
それがマックスな人が「優等生」や「エリート」と呼ばれ、
社会にとっても企業にとっても、都合がいい人間が出来上がるんです。
工場と同じですよね。
ランキングは今何位?
関西は東京よりも突っ込んだ放送が多いです。
今回の違法献金の検察の狙いはなんなんでしょう。
物事には理由がありますね。
「モチベーション」を保つための方法がもう1つあります。
簡単に言うと、自らの「モチベーション」や「感情」をコントロールする方法を会得することです。
ただし、この方法を会得するためには1人ではなかなか難しいので、「コーチング」による精神的なサポートが必要です。
ボク自身はというと、そんな問題点をようやくクリアして、時間にも場所にも束縛されず、「モチベーション」を維持しながら仕事ができるようになったところです。
「コーチング」については、また別の機会にでも書きたいと思います。
「モチベーション」をアップさせる解決方法とは、あえて人と接点を持つこと。
「せっかく効率化を突きつめて、1人で仕事ができる仕組みを作ったんだから、あんまり人と接点を持ちたくないんだけど」っていう人もいるかもしれません。
でも、人間は他人と会わないと、どうしても「モチベーション」が落ちてくるもんです。
そこでSOHOワーカーの場合は、仕事の合間にスポーツジムに行ってみるとか、習い事に通ってみるとかをオススメします。
ボク自身もやっていた方法です。
インキュベーションオフィスやSOHOオフィスを借りてみるのもいいかもしれません。
似たような境遇の起業家がたくさん入居してるので、交流することもできるし横のつながりを作ることもできます。
「せっかく効率化を突きつめて、1人で仕事ができる仕組みを作ったんだから、あんまり人と接点を持ちたくないんだけど」っていう人もいるかもしれません。
でも、人間は他人と会わないと、どうしても「モチベーション」が落ちてくるもんです。
そこでSOHOワーカーの場合は、仕事の合間にスポーツジムに行ってみるとか、習い事に通ってみるとかをオススメします。
ボク自身もやっていた方法です。
インキュベーションオフィスやSOHOオフィスを借りてみるのもいいかもしれません。
似たような境遇の起業家がたくさん入居してるので、交流することもできるし横のつながりを作ることもできます。






